Run Against Bushの帰り道にも、色々な人たちから声をかけられた。メトロの中では、明らかにスケーターな高校生の男の子2人が「これあげる」と「Bush is Wack!!!」と書かれた真っ黒なステッカーをくれた。歩いていたら、急に若い男の子に「君達のやっていることは、どれだけ人をMobilizeするのに貢献できるのか?」と声をかけられる。何かチャレンジングなやつだ、と思っていたら、「僕達もケリーに政権をとってほしいと思っているんだ」といってパンフレットを手渡される。見るとラルーシュという独立系極右の人を支持するものだった。世の中には色々な思想や考えを持っている人がいる。それが正しいとか正しくないとかは別として、彼らから見た世界は、また私たちとはまた違ったものだろう。中西部から来た白人一家、イスラムの人達、北朝鮮の人達、戦前の日本人・・・。みんなそれなりの正義や世界観の中に生きている。それら違う世界観を100%理解しろというのは難しいだろう。でも少なくともその違いを知ろうともせずに否定し、自分の価値観のほうが良いから、といってそれを相手に押し付けたとしても、それがいくら善意のつもりでやったところで、結局は自己顕示欲を満足させて終わるだけ。相手はおお、アナタの考えはなんと素晴らしい!と嬉々としてそれを受け入れるわけがないだろう。個人レベルでそうだから、国家レベルではなお難しい。そんなことを走りながら考えていたら、学生時代の教科書を読み返したくなった。


意思決定者が相手や物事に対して持つイメージや認識はどうやって形成され、変化していくのか?意思決定にそれがどう影響していくのか?認識を誤るということはどういうときに起こるのか?自分の信念と異なる事実が目の前に出された時、そこからどのような決断を引き出すのか?


そんなことを、物凄く難解な文章で書いてある本。大学院時代は、授業で1週間に何百ページと読まされるのが常であり、結局この本もよくわからないまま読み飛ばしていたのだけれど、仕事で一日に数百ページ読む生活になり数年、少しは読解力がついたかと再度トライしてみる。少し読んでみて解ったことは、私の読解力の問題ではない、著者があまりにアカデミックな世界に入りすぎていて、読者にやさしく理解してもらおうとか、相手を必ずしも思いやって書いている本ではないということ・・。アカデミックな本でも、ジャーナリスト出身の人などのものは読みやすいから、これはもう現世から離れてしまっている学者病の本。1つの文章の意図を読み取るのに5回くらい読み返してしまう。でも、今自分が体験したり考えたりして興味を持てている状態なので、きっと何かを学ぶ事ができると期待しつつ、ノートをとりながら、理屈の海の中を少しづつ読み進め中・・・。とかいいつつ途中でギブアップしておばかな香港映画を見てしまう。こりゃ読むのに半年ぐらいかかるかも。